育休(時短)を取得しようと思った理由

先日、多くの男性は育休もしくは時短勤務を取得さたいと思っているが、実際に取得しているのは、約2%程度しかいないとある記事で読んだ。さらに取得しているのは、社内から評価されているいわゆる「出来る人」もしくは、社内からの評価を全く気にしない「マイペースな人」の2種類に分類することができるらしい。
僕自身どちらかといえば、後者であり、ゆとり世代、さらに帰国子女という二重の偏見を社内で持たれている。
だからこそ、それを逆手にとって育休を取得することにはなんのためらいもなかった。むしろ、当然の権利だと考えていた。
 
育休(時短)を取得した理由は3つある。
①自分自身の過去の経験
②家庭事情
③仕事から離れる期間がどうしても必要だった
 
まず、①。
僕は父が36歳の時に生まれた子供であり、8歳と6歳年上の姉と兄がいる。兄姉にはよく遊んでもらった記憶があり、色々と面倒を見てもらった。特に兄はありとあらゆるスポーツで永遠のライバルであり、良きコーチであった。
また、生まれこそ日本ではあるが、2歳から10年間父の仕事の都合でアメリカに住んでいた。父は典型的な日本人であり、駐在しているということもあったが、朝は6時頃に出勤し、夜は11時過ぎに帰宅していた。週末は休みであったが、僕は土曜日は日本語学校へ通い、父は家でも仕事をしており、一緒に過ごせるのは日曜日のみだった。
バスケや水泳などのスポーツをしており、試合の応援や送り迎えは必ず母がしてくれていた。一方、アメリカ人の友人は父親が応援に来ていたり、送り迎えもしており、少し羨ましい部分はあった。
父は何もしてくれなかったわけではなく、夏休み、冬休みには旅行に連れていってもらい、色々なことを体験させてくれた。幼い頃に見たもの、感じたこと、経験したことは間違いなく自分自身を形成しており、父には感謝しきれないぐらい感謝している。
日本に帰国してからも父は断続的にアメリカへ単身赴任や長期出張で家を空けてることが多かった。今でも恨んでいるわけではないが、根に持っているのが僕の中高大の卒業式に出席できなかったことだ。卒業式に父親は来ないだろうと思うのが普通の日本人の感覚かもしれないが、アメリカでは家族総出でそういった大事なイベントには参加するのが普通であり、僕もそれが普通だと思っている。
こういった経験から娘の人生の節目や大事な時期にはいてあげたいと思った。
 
次に、②家庭事情。
嫁は生まれも育ちも東京であり、実家は電車ですぐのとこにある。しかし、義母働いており、嫁は出産後は実家に帰らないと決めていた。結婚するまで、僕の帰宅時間はだい毎日10-11時ぐらいであり、それでは家に帰っても娘はとっくに寝ているし、嫁に娘の世話をすべて任せてしまうことになる。それでは、嫁にも娘にも申し訳ないし、何よりも自分の父と全く同じ道を歩むことになりかねない。
 
そして、③仕事から離れる期間がどうしても必要だった。
僕は今の会社に新卒で入社し、希望通り海外営業の部署に配属されたが、どうしても自分の上司(部、課長)とうまくやれない。大変失礼だが、2人は上に立つ人間として不向きであり、コミュニケーション能力に難があり、そういった点への不満が募っていた。僕自身は元来、嫌いな人はいないし、今までの人生で大概の人とはうまくやってきた。しかし、この2人とはどうも馬が合わない(合わせられない)し、本当に仕事をやめようとまで悩んでいた。しかし、幸いにも嫁が妊娠したことがわかり、この2度とないチャンス(育休)を僕はつかむしかないと思った。
 
会社で上司に相談するときは、主に②に重点を置き、話したが、こうやって考えると自分の今の環境を変えたいという思いが強かったのかもしれない。社内からはイクメンだの、シティーボーイ(ポンコツ部長から)だと皮肉っぽく言われるが、そんなことはどうでもいい。家族にとっても自分自身にとっても時短は間違いなくプラスの作用が大きかった。もし、育休の取得を躊躇している人がいたら、僕は迷わず勧める。