大企業勤務というセーフティーネット

自慢ではないが、僕はそれなりに名前の通ったメーカーで働いている。父もメーカーで働いており、自分も働くならメーカーがいいと幼い頃から思っていた。しかし、現実は厳しく、帰国子女で英語ができるってだけでは就活を楽勝で終わらせられなかった。就職浪人をして大学生を半年間延長したおかげで、なんとか念願叶って夢だったメーカーで働くこととなった。

入社当初こそ、日本企業は意思決定が遅いし、誰も責任を取ろうとせず保身に走るばかりでなんてとこに来たんだと思った。それに加えて上司とは合わないし、ろくに引き継ぎもしてもらえず、業務は山積みで10時に帰れたら早い方なんて思うような生活が続き、本気で退職を考えた時期もあった。
しかし、結婚して子どもが生まれてからは、福利厚生の充実にうちの会社もいいとこあるなと思うようになった。それと同時に25歳の若造が家庭を養って、多少の贅沢できるだけの給与、家賃補助等の福利厚生が厚い大企業に勤めることって、何よりもセーフティーネットだなと感じた。同世代で都内で子育てをしてる知り合いが1人いるが、見てる限りでは、普通に生活する分には不自由してなさそうだが、相当贅沢を我慢しているように感じる。

今時の就活サイト等では、大企業ではなく、中小企業やベンチャーに就職したほうがよいという風潮もある。中小やベンチャーでも優良企業はいっぱいあるし、そちらの方が人によっては幸せな場合がある。ただ、僕みたいに漠然とした将来計画しか立てられていない人は、大企業で働くチャンスがあるならば、そういう選択も非常に賢いと思う。仕事面では、中々思い通りにできない点もあるが、いい意味でジェネラリストになれるし、そこから自分次第でスペシャリストになれるだけの環境は整っているし、いざという時の身上の変化に対応できるだけのバックアップはある。
下手したら、国の政策よりも大企業勤務の方が社会保障として充実しているのでは?

時短(育休)はプラスマイナス・・・プラスぐらい?

時短勤務を初めて約1か月半経過し、残るところ約10日となってきた。この1か月半は自分にとって、自身の働き方を大きく変化させる期間であったが、日本社会の生きにくさを再認識する期間でもあった。

そこで、時短勤務のプラスマイナスについて、書いていこう。

■プラス

1. 早く帰れる

言わずもがなであるが、これが一番のメリット。オフィスを出た時にまだ明るいというのは、かなりすがすがしい。また、家に帰り、娘の世話、家のことが終わっても8時だった時の気持ちよさは格別。

2. 仕事を効率的に終わらせる癖がつく

今までもいかに効率的に仕事をするかは考えていたが、実際に早く帰らなければいけないという「規制」がかかると今まで以上に日中の集中力は高まる。

3. 部署内で前例を作った

おそらくであるが、今の部署で男性で時短申請をしたのは僕が最初ではないかと思う。営業をしているが、客は海外にいるし、仕事は99%内勤である。パソコンとネット環境があれば、どこでも仕事はできる。むしろ、なぜ誰も育休の申請をしてこなかったのかが不思議である。話が変わるが、嫁が出産後、病院から退院するとき上司には仕事に来て会議に出席してほしいと言われたが、それを断り、半休を取り、嫁の退院に付き添った。同じように出産の予定が近い先輩からは、そこで会議に出てしまうとそういう前例ができて、後に続く人が困るから助かったと言われた。そこで、自分の行動が今後の人たちにとっても影響するのかと気付いた。

 

■マイナス

1. 給料が減る

1H/1日しか勤務時間が減らないのに、そんなに給料減らすか!と憤ってしまった。先日、日経ビジネスでSCSK社長の健康経営の記事(http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20150615/284257/)を読んだが、まさにその通りだと思った。

残業は悪である。君らやめたまえ。もっと早く帰れ。経営者がそんなこと言っても、(従業員の)頭の整理としては、『そう言われても、それでは仕事が回らない』ということになる。もう1つは、よしんば残業時間が減ったとしても『そんなことしたら俺、収入が減るやないか』『ローンにも影響するで』と思う。

家族のためを思って、時短勤務にし、極力残業せずに、定時内で仕事を終わらせ、成果を出す。会社にとっては人件費が減るし、売り上げが増えるし、いいこと尽くめ。なのに、なんで給料減らされんだよ!本当にこういった部分は日本社会の闇であり、長時間労働がなくならない最大の要因。

2. 上司とさらに衝突する

これは、一般的な話ではないと思うが、僕の上司に限って言えば、「協力」という言葉は頭の中に存在しないため、僕が時短勤務しようが、仕事の一部を代わりにやろうという姿勢が全くない。別に、代わりに仕事をやるのが当たり前だとは思っていないが、常人であれば、多少気を使ってもいいとこだろう。こういうこともあり、ますます上司とは険悪な関係になった。元々頼りにしてもないので、何ら問題ないが、やはりストレスは溜まるし、体にいいとは言えないよね。

3. 仕事が溜まる

いくら効率的に仕事を進めていても、やはり細々とした社内業務は溜まる。こういった社内業務は本来、商売にとっては不要なものであるはずなのに、今や仕事の30%以上は占めている。完全に大企業病である。こういった業務は切り捨てていかなければいけないのに、上の人の気になるという思い付きに応えるために、やらざるを得ない。

 

他にもあるが、僕が感じた大きなプラスマイナスは上記の通りである。

育休(時短)を取得しようと思った理由

先日、多くの男性は育休もしくは時短勤務を取得さたいと思っているが、実際に取得しているのは、約2%程度しかいないとある記事で読んだ。さらに取得しているのは、社内から評価されているいわゆる「出来る人」もしくは、社内からの評価を全く気にしない「マイペースな人」の2種類に分類することができるらしい。
僕自身どちらかといえば、後者であり、ゆとり世代、さらに帰国子女という二重の偏見を社内で持たれている。
だからこそ、それを逆手にとって育休を取得することにはなんのためらいもなかった。むしろ、当然の権利だと考えていた。
 
育休(時短)を取得した理由は3つある。
①自分自身の過去の経験
②家庭事情
③仕事から離れる期間がどうしても必要だった
 
まず、①。
僕は父が36歳の時に生まれた子供であり、8歳と6歳年上の姉と兄がいる。兄姉にはよく遊んでもらった記憶があり、色々と面倒を見てもらった。特に兄はありとあらゆるスポーツで永遠のライバルであり、良きコーチであった。
また、生まれこそ日本ではあるが、2歳から10年間父の仕事の都合でアメリカに住んでいた。父は典型的な日本人であり、駐在しているということもあったが、朝は6時頃に出勤し、夜は11時過ぎに帰宅していた。週末は休みであったが、僕は土曜日は日本語学校へ通い、父は家でも仕事をしており、一緒に過ごせるのは日曜日のみだった。
バスケや水泳などのスポーツをしており、試合の応援や送り迎えは必ず母がしてくれていた。一方、アメリカ人の友人は父親が応援に来ていたり、送り迎えもしており、少し羨ましい部分はあった。
父は何もしてくれなかったわけではなく、夏休み、冬休みには旅行に連れていってもらい、色々なことを体験させてくれた。幼い頃に見たもの、感じたこと、経験したことは間違いなく自分自身を形成しており、父には感謝しきれないぐらい感謝している。
日本に帰国してからも父は断続的にアメリカへ単身赴任や長期出張で家を空けてることが多かった。今でも恨んでいるわけではないが、根に持っているのが僕の中高大の卒業式に出席できなかったことだ。卒業式に父親は来ないだろうと思うのが普通の日本人の感覚かもしれないが、アメリカでは家族総出でそういった大事なイベントには参加するのが普通であり、僕もそれが普通だと思っている。
こういった経験から娘の人生の節目や大事な時期にはいてあげたいと思った。
 
次に、②家庭事情。
嫁は生まれも育ちも東京であり、実家は電車ですぐのとこにある。しかし、義母働いており、嫁は出産後は実家に帰らないと決めていた。結婚するまで、僕の帰宅時間はだい毎日10-11時ぐらいであり、それでは家に帰っても娘はとっくに寝ているし、嫁に娘の世話をすべて任せてしまうことになる。それでは、嫁にも娘にも申し訳ないし、何よりも自分の父と全く同じ道を歩むことになりかねない。
 
そして、③仕事から離れる期間がどうしても必要だった。
僕は今の会社に新卒で入社し、希望通り海外営業の部署に配属されたが、どうしても自分の上司(部、課長)とうまくやれない。大変失礼だが、2人は上に立つ人間として不向きであり、コミュニケーション能力に難があり、そういった点への不満が募っていた。僕自身は元来、嫌いな人はいないし、今までの人生で大概の人とはうまくやってきた。しかし、この2人とはどうも馬が合わない(合わせられない)し、本当に仕事をやめようとまで悩んでいた。しかし、幸いにも嫁が妊娠したことがわかり、この2度とないチャンス(育休)を僕はつかむしかないと思った。
 
会社で上司に相談するときは、主に②に重点を置き、話したが、こうやって考えると自分の今の環境を変えたいという思いが強かったのかもしれない。社内からはイクメンだの、シティーボーイ(ポンコツ部長から)だと皮肉っぽく言われるが、そんなことはどうでもいい。家族にとっても自分自身にとっても時短は間違いなくプラスの作用が大きかった。もし、育休の取得を躊躇している人がいたら、僕は迷わず勧める。

イクメン日記開始

2015年5月7日に第一子の娘が生まれ、そこから時短勤務を開始した某メーカー勤め、入社3年目ゆとり世代25歳。
本当は育休を取得する予定でいたが、人員の問題で時短で勘弁してほしいと言われて時短で妥協。
時短を開始してから1ヶ月経ったが、過去に時短を取得した男性がいない部署のせいか、上司の理解、サポートが皆無ということもあり、日々ストレスが溜まる一方。
更に、直属の部長、課長は未婚、子育て経験なしのため、自身の苦労を理解してもらえず、余計にストレス。
それでも家に帰って、泣き叫ぶ娘を一目見るとストレスも吹っ飛んでしまう。

本ブログでは、父親になったゆとり世代イクメンっぷり、仕事での苦労、将来設計をリアルに記録していけたらなと思う。